生き延びる俺達は
やっぱり生き延びるだけだ。
泣きながらだろうが
笑いながらだろうが
そうする事だけが
俺達の全世界だ。
生きてる実感の
スウィングとグルーヴ。
駆け抜ける俺達に
選択肢なんて
ねーんだ。
« 2008年08月 | メイン | 2008年10月 »
生き延びる俺達は
やっぱり生き延びるだけだ。
泣きながらだろうが
笑いながらだろうが
そうする事だけが
俺達の全世界だ。
生きてる実感の
スウィングとグルーヴ。
駆け抜ける俺達に
選択肢なんて
ねーんだ。
札幌伝説の男は
遂に本当の伝説になってしまったようだ。
思えば
17歳の俺が札幌で暮らしだした時、
真っ先に友達になってくれたのはアンタだったねー。
人なつっこくて
繊細で
気まぐれで
でたらめで
優しい、本当に優しい男だったわ。
俺はホントにホントに
アンタに影響されてて
今もその影響のフィードバックの中にいる。
俺の音楽の中に
アンタが生きればイイと
思う。
いつもの、あの、
意地悪なチビ助みたいな
ニヤリ、が
生きれば、
と、
思う。
また、いつでも、
昔みたいに
気まぐれに、フラッと
遊びにおいでな。
待ってっからな。
「美の追求」だってよ。
そんな事を言い出す輩は
決まってツマラン顔をしてるじゃないか。
美?
誰の定義したもんなんだ、それは。
お金かなあ。
疲れんなあ。
風がずいぶんと軽やかになったなあ。
秋のオレンジ色は嫌いじゃない。
「芽むしり仔撃ち」を読んでいる。
独り静かに
座ったまま
燃えている。
なんだかんだ言っても
要するに
で、
お前はどうなんだ?
一体、お前はどうなんだ?
と、
言う事なんだな。
言ったが勝ちか?
はたまた
言わぬが花、か?
茨の道に
足の裏は血まみれ。
ホントかよ。
ウソばっかり。
随分としばらくの間、
「ライブを観に行く」という事をしてなかったので
まあ、要するに観たいバンドが無かった、
という事でもあったのだが
以前から観よう観ようと思いつつ
なかなか観る事が出来なかったバンドのライブを
漸く観る事が出来た。
「本当にラディカルで素晴らしい音楽は
常に少数の人々だけが目撃できる」
と、イアン・マッケイ氏は言っていたが、
昨日は久々の「客が一桁」のライブだったぞ!
懐かしい!ハハハ。
しかし、
初めて観るそのバンドのプレイは
非常に素晴らしいものでした。
燃えた!
イアン・マッケイはやっぱり正しい!
ハハハ。
「人が集まるバンドが良いバンド」なんて
そんな訳はねーのだ。
本当に面白い奴等は
必ず地下から湧いて出る。
キャーキャー言われて
ヒラヒラ喜んでる奴等には
用はないのだ。
詳しくは以下で確認せよ。
http://www.goupilandc.net/
自分の表現の場は
やっぱり自分で確保しなくては
イカンと思う。
受け入れる許容力は
とても大事だと思うが、
時として「拒否」する事も
やはり大事な事だと思う。
俺の場合は
「拒否する」
より
「拒否される」
事の方が多いけど。
ハハハ。そしてトホホ。
足元は依然として
フラッフラ。
俺は基本的に
「多数決で可決された感動」には感動しない男で、
むしろ多数決から溢れるものにこそ感動がある、
と信じているのだが、
とはいえ、
「多数決で可決された感動」が
「それを可決した人々」の
心の拠り所となる事を
否定する者では、ない。
みたいな事を
夜更けに頻りに考えて、
朝にすっかり忘れたりする。
才能無いくせに努力が嫌い。
ポンコツはいつでも
理屈と言い訳ばっかり。
見るまえに跳べ。
違う!違う!違う!
そういう事ではないのだ。
違う、という事だけが、解る。
正解が解らん。
違う。そうじゃない。
着地点はそこであるべきでは、ない。
よぉ〜こそココぉ〜へ〜、クッククック〜
と俺は歌ったのであった。
吉祥寺、百年。
二ヶ月に一度、会合の締めの出し物として
毎回少しだけ
歌わせてもらっているのです。
そうやって独りライブの火種を絶やさないように
しているのです。
一晩スナックの関係者のみなさん、
聴いてくれたみなさん、
ありがとうございました。
終了時にはすでに泥酔で
泥酔ついでにあちこちフラフラで
明け方に帰宅して
今までぶっ倒れてたけど
日が暮れてくると
やっぱりまた、
飲みたくなってくるもんだなあ。
馬鹿だなあ俺。
独りで飲むのも良いが
大勢でワイワイ飲んで
あちこちフラフラしたりするのは
やっぱり楽しいなあ。
最近、そーゆー事が少なくなったなあ。
思えば遠く来たもんだなあ。
クッククック〜。