水面下で制作中だった星野&吉野の第二弾が遂に完成!
星野くん曰く「今年は栄光の十年の始まりの年」なのだ。
俺も星野くんも、今年は、ホント、マジで、あれだぞ。
よろしくちゃんだ。
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水面下で制作中だった星野&吉野の第二弾が遂に完成!
星野くん曰く「今年は栄光の十年の始まりの年」なのだ。
俺も星野くんも、今年は、ホント、マジで、あれだぞ。
よろしくちゃんだ。
今朝、プレスが上がってきた。
新たな場面の幕開けだ。
無事に仕上がってとても嬉しい!
プレスに出す時、
カードが上限超過で使えなくなったり、
慌てて駆け込んだ銀行で金が下ろせなかったり、
素人の右往左往で冷汗をかきまくった事も
なんだか楽しい記憶となっている。
(友人スーに心から感謝!)
このアルバムをどう感じて、どう言おうが、
それは各人のご勝手だが
俺には関係無い。
金メダルが欲しくて
このアルバムを作った訳じゃ無えんだ。
俺は俺として生き延びるために、
そして、
そうして作られた歌をキャッチしようとする、
どうやら変わり者らしい君に手渡す為に
俺なりの今の全部を尽くして録音した。
このアルバムのセコいポンコツ加減が
そのまま俺自身のセコいポンコツ加減であることを
むしろ誇らしく思っている。
よしの、よしのに行く。
梅はまだ咲いてなかったので蕾を見ながら
ワンカップを飲んで、帰る。
録音は頓挫。
テープ廻れども焼き付ける歌がない。
逆さに振っても無いもんは無い。
無いものを有るように見せかけるのは不実だ。
桜の開花時期に合わせた桜ソングの乱発も
実に空虚で、個人的には不愉快にさえ感じる。
ステレオタイプの「らしさ」にはひとかけらの真実もない。
男らしさ、女らしさ、日本人らしさ、ナントカらしさ。
一体、誰の示す定義に従えばいいんだ?
従わんでヨイ。
「らしさ」を振りほどいた向こう側にだけ
大事なものがあるはずで、
それを「人間らしさ」と呼んでも良いように、思う。
最重要に考えている事は
全体から醸される「ニュアンス」で
その音質もまた、重要なニュアンスの一つだと思っている。
しかし、
「高度な技術と最先端機器」を用いたHi-Fiな音質「の方が」優れているとは
どうしても思えないのです。
(当然、流行り廃りクソクラエ)
要するに「俺の、この何とも言えん、今の、この感じ!」が大切で
そのニュアンスに適合した音質のニュアンスを探す事が大事だと考えている。
理屈の事は良く解らないが、ニュアンスは確かに判っている。
俺の今。
即ちカセットテープ。
俺の今にとって
15歳の春に帰る事は必要かつ重要。
最新機器も、価値ある機材も、ポンコツ人間が使えば全部台無し。
そこだ!そこ大事!
廻れカセットテープ。
俺のメガネの裏側の世界をありのまま焼き付けてくれ。
キョーツケー!やくみつる閣下に敬礼!
子供は大人達みんなで育ててゆく、
という考えに基本的には賛同するが、
あんたんちの「塾」だの「オカズもう一品」だの
果ては「海外旅行」だのの為に
余計に金を支払わなくてはならないのかと思うと
正直、ムカッと来る気持ちを禁じ得ない。
所得制限かけてくれねえかなあ。たのむ。
心がグラグラと揺さぶられる。
理由はそれだけで充分だ。
その作家を俺はこの歳になるまで知らずに生きて来た。
俺のアンテナも全くのポンコツで情けない。恥ずかしい。
中学の同級生の弟が彼の原作で撮るという話を風の噂で聞いて
俄に引き付けられ、本屋に走り、漸く行き着いた。
出会えて良かった。
良い映画に仕上げてください、熊切くん。
結局、土俵上でヤツにトドメを刺せる力士はいなかったじゃないか。
憎々しく感じる事も少なくなかったが
憎たらしい程、強い。
それで良いではないか。
品格が一体なんだ。
品格品格うるせえんだよ。
同じく伝統伝統もうるせえ事この上ない。
地球は一瞬も止まらずに回っているのだ。
色々な人間達が「今」の営みを繰り返し
関わり合い、熱を帯び、変遷を繰り返す。
伝統も品格もその中から自然に発生するものでなくてはならいんだ。
変な頑固ジジイとかに押し付けられるもんじゃないはずだ。
大体、どの時代が基盤なんだ、その品格だの伝統だの。
遡ればみんな類人猿じゃないか。
髪をミズラに結ってマガタマでもぶら下げときゃいいんだ。
馬鹿馬鹿しい。実に馬鹿馬鹿しい気分だ。
後藤くん「さあ!いよいよ土俵入りですよ!」
一同「おおお!」
一斉にデジカメやら携帯電話を構える一同の中、
佐藤くんは「写ルンです」。
イイ!その感覚、凄く大事!
センスの良い人間はやっぱり、一味違う。
髪型も相変わらず、最高!